2020-01-01から1年間の記事一覧
休日6日目(30日)、午前中は少しだけ施設に顔出しましたが、落ち着いていて、もう予防ガウンも着なくて良く、来年はまあゆっくり出来そうです。 朝は雨でしたが、帰る頃はもう晴れていました。 夕方からは大雪で、京都市内も積もる予報でしたが、意外と夕陽…
休日4日目月曜日は、新型コロナが解除されて私も綺麗な体になったので、もう一つ働く場所で仕事でした。 まあこれで給料もらえる仕事は終わりで、あとは少し施設に顔出すのが残ったぐらいです。 島から帰って5年近く、毎週1回以上は必ず行っていた滋賀県…
年末は寒波が来るようなので、休日3日目の日曜日は、今日しかないと豊岡までドライブです。 豊岡鞄ストリートで「カバンを買うか」と、家内をだまして行きました。 日曜日なのに、開いてる店も少なく、買い物客も限りなくゼロに近かったですし、結局気にいった…
せっかく私の働く施設や病院で解除終息が出たのに、京都も新型コロナ感染者増加止まらないので心配です。 これでは年末年始は引きこもらずにはおれないとは思ってますが、体はなかなか言うことを聞いてくれません。 私の現在の愛車は、年寄りに人気の日産ノ…
少しは仕事に行く日もありますが、年末年始の休みはほぼ10日間。 どこにも行く予定も、誰もが来る予定も、45年続いてる麻雀協会新年会まで無くなったので、コールセンターに懇切丁寧に教えられながらWOWWOWに加入してしまいました。 新装なった京都市美…
前回の木星土星大接近の写真にはコメントがなかったので、21日もっと接近したのを家の窓からカメラを三脚で固定して撮りました。 上の土星は、なんとなく土星らしく見えませんか。 横道にそれましたが、今回も本題は天皇陵巡りです。 第74代鳥羽天皇(110…
京都件p大学のイルミネーション、15年前からやってたそうですが、たまたま通りがかって初めて見ました。 私の勤務先の病院・施設の二つともがクラスター終息、厳しい防御が解除になりましたので、気分転換に二人で会食に行く途中の道でのことです。 店に着…
約1ヶ月前の本ブログ「近所の秋を少し」で撮ったベンチ周囲のイチョウも、今回の写真ではほぼ葉が落ちて、昨日は初雪が5㎝ほど積もった京都松ケ崎です。 「お出かけしなくても、家の周囲をリメ[ト・・・」との花水木さんのコメントですが、花水木さんの家の周…
1ヶ月ぐらい8回続いて天皇陵巡りばかりのブログになっています。 読者離れが始まり(始まってる)そうなので、心配してる私ですが、麻雀も休憩中で外食も私なりに控えてるので、ネタがありません。 1枚目; 二人で買いだしに出た昼頃、滋賀県の田舎道で信号…
日に章と書くショウシ内親王は、文字化けしてしまうので、ショウシ内親王と書かなけねばならないみっともなさをお許しください。 ショウシ(1137~1211)は第74代鳥羽天皇(上皇)(1103~1156)(在位1107~1123)の35歳の時の子で、母は皇后得子(1117~1160)で…
統子内親王(トウシ・ムネコナイシンノウ)(1126~1189)は第74代鳥羽天皇の第2皇女で、母は璋子(待賢門院)(1101~1145)です。 幼いころより母譲りか、めちゃくちゃ綺麗だったそうで、幼少期の賀茂斎院を経て、1158年に同母弟第77代後白河天皇(1127~1…
第72代白河天皇皇后賢子とその二人の娘の葬られてる上醍醐陵(カミダイゴノミササギ)(伏見区醍醐醍醐山上醍醐寺内)を、今まで3回報告していますが、この制札の如く鳥羽天皇皇女禧子内親王(キシナイシンノウ)(1122~1133)の墓でもあります。 上醍醐陵は今回4回目…
洛西にある西国三十三ヶ所第20番札所善峯寺(ヨシミネデラ)には、まだ自由に動ける秋の日に、家内と二人で電車・バスを乗り継いで行ってきました。 (10月28日;天高い秋参照) 善峯寺山門です 主目的は善峯寺の一番奥にある青蓮院宮墓地(ショウレンインミヤボチ)(西京区…
藤原得子(フジワラノトクシ・ナリコ)(1117~1160)の父は藤原北家支流でそれほどの身分ではなかった藤原長実(ナガザネ)ですが、父に愛され、並の身分の人には嫁がせないと育てられました。 葬られた高野山陵(コウヤサンノミササギ)(和歌山県伊都郡高野町)の制札です その…
藤原兼家(929~990)の異母弟公季(キンスエ)(956~1029)から始まった閑院流ですが、三代目の実季(サネスエ)の頃は藤原北家本流からは大きく外れてしまっていました。 しかし、実季の妹茂子(モシ)が後三条天皇に入内し白河天皇を産み、娘の苡子(イシ)が堀河天皇に嫁いで鳥…
第73代堀河天皇がまずまずの身分の妃、苡子(イシ)の命と引き換えにもうけた息子宗仁親王(ムネヒトシンノウ)は、誕生後すぐに立太子しています。 そして父堀河天皇が亡くなると、すぐに満5歳にもならないうちに即位して、第74代鳥羽天皇(トバ)(1103~1156)…
大納言藤原実季(サネスエ)を父とし、藤原経平(ツネヒラ)の娘睦子を母として産まれた藤原苡子(フジワラノイシ・シゲコ)(1076~1103)は、1098年に3歳年下の第73代堀河天皇(1079~1107)(在位1086~1107)に、白河上皇の世話で入内しました。 写真は、これまで20…
近所を散歩。 宝ヶ池と国際会議場、比叡山も秋色です。 件p的に写真を撮ろうと思うと、素人の私は、前に何か入れてしまいますね。 新型コロナが私の生活にかなり近づいてきたので、得意の遠出が出来なくなってきました。 これからは、少したまった天皇陵巡り…
仕事帰りに、京都の南、駐c辺りをブラブラして、陵墓参考地を巡りました。 この辺りは、丁度天皇陵巡りで差し鰍ゥってる鳥羽離宮があった所です。 京都南ICを降りて帰ってきた時には、すぐに渡る写真の鳥羽大橋辺りは、鳥羽伏見の戦いで、私の曾祖父の兄が…
第72代白河天皇の第1皇子は夭折、第2皇子は法親王に、賢子との間の第3皇子が善仁親王(タルヒトシンノウ)です。 白河天皇の皇太子は異母弟実仁親王(サネヒト)(1071~1085)で、2歳にして立太子してますが15才で没しました。 すると白河天皇は8歳の善仁親…
第72代白河天皇は沢山の子供を作っていますし、一説には平清盛も崇徳天皇も白河の子だ、とも言われているぐらいです。 皇后賢子との間だけで、第1皇子敦文親王(アツフミ)(2歳で夭折)・前回の第2皇女媞子内親王・第3皇子善仁親王(タルヒト)(後の第73代堀河天…
第72代白河天皇(1053~1129)(在位1072~1086)と賢子(1057~1084)の間に最初に産まれた皇子は夭折、2番目に産まれたのが今回の第1皇女媞子内親王(テイシ・ヤスコナイシンノウ)(1076~1096)です。 上醍醐陵へは写真のような山道をひいこらひいこら登りまし…
今週は文化の秋 新装なった京都市京セラ美術館開館記念展「京都の美術250年の夢」(1600円)に予約して行ってきました。 平日なら予約なしでも入れそうです。 現代美術は伸び悩んでいますが、昭和初期ぐらいまでの京都関係の作者や作品はまあ立派ですね。 しか…
覚法法親王(カクホウホッシンノウ)(1092~1153)は第72代白河天皇(1053~1129)第4皇子で、母は中宮賢子(1057~1084)のひとまわり以上離れた同母妹源師子(ミナモトノシシ・モロコ)(1070~1148)です。 前回の第2皇子異母兄の覚行法親王も出家していますが、この頃から…
白河天皇の第1皇子は夭折、第3皇子は堀河天皇に成りました。 今回の覚行法親王(カクギョウホッシンノウ)(1075~1105)は、白河天皇の第2皇子ですが、母親は藤原経平(ツネヒラ)の娘経子(ケイシ・ツネコ)です。 写真は丹波にある九品寺(クホンジ・クヒンジ)(京都府南丹市園部町…
先週の旅行は快晴後雨、今週の仕事帰りの御陵巡りは小雨、金曜日は休みなのに雨、秋の空は変わりやすいです。 土曜日は二人で西国33カ所の第20番札所善峯寺(ヨシミネデラ)(500円)に、地下鉄→阪急→阪急バスと乗り継いで出かけました。 家からは1時間ぐら…
実父は村上源氏の源顕房(アキフサ)ですが、太政大臣藤原師実(モロザネ)(頼通の6男ですが藤原北家氏長者)の養女となった藤原賢子(フジワラノケンシ・カタイコ)(1057~1084)は、14歳で18歳の貞仁親王(サダヒト)に入内し、貞仁親王が第71代白河天皇(1053~1129)(在…
第70代後三条天皇(1034~1073)(在位1068~1073)の第1皇子である貞仁親王(サダヒトシンノウ)は、父後三条天皇がその長い33年にも及ぶ皇太子時代に、母である藤原能信(ヨシノブ)の養女即位前妃贈皇太后茂子(モシ)(?~1062)との間に産まれました。 父後三条天…
Go Toトラベル第5弾で、湯郷温泉に行きました。 行はブラブラと、青野原病院時代を懐かしがって、秋の播州路を走ります。 丹波篠山は丁度黒豆の収穫時期で、道のあちこちで採れたばかりの枝豆を売ってました。 朝早く出たので、かろうじて開いたところの篠…
8月猛暑が終わって9月になってから、そろそろ仕事帰りなどに京都市内の天皇陵を巡っています。 京都祇園花見小路の歌舞練場や場外馬券売り場の裏に、御廟が一つあります。 そこを巡った帰り、祇園には沢山の抹茶パフェ屋さんが有りますが、あの有名な「辻…