
コメンテータさんのおかげで画像の取り込みも、陰で粛々と進んでいて、1日経って半分以上が取り込まれたようです、もう一度ありがとうございます。
「京都へ、京都から」の伏見街道編、撮影はもう終わってるのですが、ゆっくり進んで行くつもりです。
平安時代、今の五条通は六条坊門小路(ロクジョウボウモンコウジ)と呼ばれていて、鴨川に架かる橋も有りませんでした。
豊臣秀吉が1590(天正18)年に、当時の五条通(現松原通)の橋をここに移建しました。
そしてこの橋を渡って、五条口(伏見口)からの狭い意味の伏見街道が始まります。
現在の写真の五条大橋は1954(昭和34)年に架け替えられたものです。(背景は東山です)

私は全く知らなかった、五条大橋西北詰にある扇塚。
扇は平安時代の初期にこの地で初めて作られたもので、扇工が集まって、この地は永く扇の名産地と言われていたようです。

同じく西北詰の小さな公園内にあった、これ又まるで知らなかった江戸時代後期の女性歌人大田垣蓮月(オオタガキレンゲツ)(1791~1875)の歌碑、
あすもきて 見んと思へば 家づとに(家への土産)
手折るもをしき 山さくら花
桜の枝を無断で折って、家の土産に持ち帰ったらダメですよね、と当たり前に言ってるだけの歌?、あすもここで観ようと歌ってる歌?
この歌碑の下を、以前にこのブログでもたどった、暗渠になって五条通を横切る高瀬川が流れています。

五条通の中央分離帯内に建ってる牛若丸と弁慶像。
本当は松原橋に建ててほしかったですが、間にアポロの仲裁まで入ってしまいました。
京をの松原の橋の上 ♪
大の男の弁慶が 長いなぎなた・・・
これではやっぱり違和感残りますかね。

五条大橋と東山をバックにして撮った牛若丸と弁慶像、京人形風に作られた像で、1961年岡本庄三さんの作品のようですが、設置された時には可愛すぎるとの批評が、あったように記憶してますが、記憶違いかもしれません。
お土居の五条口から五条大橋を渡って、伏見街道に行きましょう。